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今知りたい医療・看護のこと

第7回
看護と政策①
政治が看護にかかわるしくみ

成瀬 昂

成瀬 昂 Takashi Naruse

東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 地域看護学分野 講師

岩本 大希

岩本 大希 Taiki Iwamoto

ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長 看護師・保健師

政治はどこでされている?

 interviewer

前回岩本さんは学生時代政策に興味をもっていたとうかがいました.それは,看護をよりよくするためとのことでしたが,政策は看護にどのようにかかわっているのでしょうか.

岩本 大希

まず,日本の医療は診療報酬という決められた制度の中でサービスが提供されていて,それは健康保険法第82条の中に位置づけられています.

その国が決めた法的価格制度に基づいて,みんな「これはいくらのサービス」「これはいくらの治療」というふうに提供されていて,看護師だけでなく,医師もPT・OTも薬剤師も,みんな国が決めた枠の中で仕事をしています.

だから,スーパーのように「10%値引き」とか「決算セール」みたいなことはやってはいけないものなんですよね.どこでも同じ値段で同じ治療が受けられるというのが,日本のすごくいいところで,強いルールになっているんです.

ちなみに診療報酬は2年に1回と頻繁に改定されています.マイナーチェンジのときもあるし,大きくガラッと変わるときもあります.何に診療報酬のお金をつけて何につけないかを決めるのは,中央社会保険医療協議会(以下,中医協)の仕事です.

中医協のメンバーは,保険者や医療者,それぞれを代表する委員からなり,医療者側には医師や看護師が任命されています.自分たちの医療のことを自分たちで決めているということなんです.

診療報酬の財源をどのように振り分けるかが議論になり,極端な話,たとえば,脳外科のオペやがんの治療薬などにすべてのお金が配分されることになると,看護師のケアやリハビリに対してつけるお金が少なくなってしまう,というようなことがあります.

このように,中医協の中でお金について議論がされ医療が変わってくること,これは政治のひとつです.もちろん,中医協の前に大きな方針は国会で議論されます.国会では現在,4名の看護師が議員として働いています.看護師の声が,政治にどれだけ反映されるかは,政策を決める話し合いの組織の中に看護師の立場に立つ人がどれだけいるかで変わってきます.

  

根拠のある意見が政策に

成瀬 昂

中医協では多職種の人から多様な意見が出され,何がよいかが話し合われます.

筋が通っている意見,また確かそうな意見,つまりエビデンスがある意見が通り,厚生労働省等が認めれば,その通りに変わっていく,という流れです.

看護にかかわる決定には,たとえば夜勤の手当がついたことがあげられます.昔は手当がつかなかったんですが,ちゃんとつくようになりました.

また,褥瘡の予防策もそうです.予防策をすることで発生がおさえられ,その結果,医療費が低下する.そうした根拠から褥瘡の予防策にお金がつきました.最近では嚥下の機能訓練などもあげられます.

それらは,もとをたどると,看護師たちが声をあげてエビデンスを示していて,それではここにお金をつけたほうがいいねとなったんです.

岩本 大希

現場でいいケアを必要なときに,通常業務に加えてやろうとした場合,そこに診療報酬というお金がなかったら極端な話,タダでやっていることになります.採算が合わなければ継続することができず,それでは日本全体で再現はされないわけですよね.そうすると,患者さんにも不利益になるかもしれない.

つまり,必要な新しいケアは,制度・政策に乗らないとすべての人には届かないということです.無論,それを“いいケア”“効果のある方法”であると主張するためには,前例としてよい実践結果が人に伝わる形になってないといけませんので,そこまでは診療報酬には反映されません.

学生のときにそういうしくみを知って,それなら,効果のあるケアとか,間違いないというケアに診療報酬でお金がついたり,厚生労働省のプランとして位置づけられたりすれば,看護職みんながそのケアを実践することになるからすごく効果的だと思いました.

そうするには,筋の通る確かなものを提出して,聞いてもらうことです.これが医療政策のおもしろいところなんです.

interviewerそうなんですね.でもたとえば近年は,増えすぎた医療費を削減するための工夫が議論されていますが,政策で決められたことによって,現場で働く人や患者さんが困ることはないですか?
成瀬 昂

難しい話ですね.公共的な意思決定,つまりみんなに影響があることだからこそみんなで慎重に決めます.

決定をする人は,現場のことをよく知っていて,政策とケアを受ける患者さんや住民との間をとりもつ人だと思うので,ある患者さんにはよい一方,ある患者さんは困ってしまうかもしれない,といった可能性をいろいろ想定しながら考えていると思いますよ.

  

国の政策 町の施策

成瀬 昂

僕が今やっている仕事は,地域看護という学問を使って,政策提言や導入,定着,修正などをすることなんですけど,学生さんには政策にもレベルがあるということを知ってほしいです.

国策は,国全体で決める,国全体の共通の政策です.

一方で,各市や町の施策もある.そこでは「○○市はどういう人が便利に暮らせることにいちばんお金を使うので,市の予算でこういうルールを作ります」「国だとこういうケアをしてもお金がつかないけど,○○市ではつけます」っていうしくみを作れるんです.

実際に報酬のことまで踏み込んだ提言をする市町村レベルの施策は多くないでしょうが,これから将来,増えていくんじゃないかなと思います.

そう思う理由は,医療において,介護,慢性疾患の療養,在宅など,都道府県では広すぎて管轄できないことが主要課題となってきているからです.国策は大筋を決め,細かい話は市町村レベルで濃淡をつけていく時代が来ると思います.「地域包括ケア」という単語が出てきた背景にも通じるところがありますね.

でも,医療や介護の計画を自治体で考えていくのは大変なことなんです.方針を定めたり課題が変わってきたときに対応したりできるかどうかは,市町村の職員さんや住民さん達のセンス・力量などが問われます.

そういう時代背景のなかで,学生や臨床の看護師,地域の看護大学が活躍できる部分って大きくなっていくと思うんです.

市町村くらいの単位であれば,その自治体の中で起こっている,「△△さんは,帰った日にこんなことで困っていたけど,それは今の国のルールだとこういうサービスが使えないからだ」など,患者さんが退院したあとの具体的なエピソードが重要だからです.

そういう身近な単位で施策にかかわっていくことがしやすい,それはどんなところで働く看護師でも同じで,だからこそ地域医療・介護の施策の研究っておもしろいんですよ.

自分が感じたことや気づいたことは,ぜひ飲み会のネタに終わらせないで,事例集やレポートに蓄積していって,いろんなところに声を届けてもらえたらいいですね.

岩本 大希

次回は看護師の声がどう役に立つのかなどについてお話していきます!