サイボーグ父さんの『患者道』
- 第6回
- 部分麻酔でICDを植え込む
サイボーグ父さん(60代,会社員)です.
患者目線で,現在の高度な医療を体験して感じたことをお伝えしていきます.
いよいよ植え込み手術の当日.体験したことのない手術のプレッシャーは半端ない.この日の担当看護師は4年目の女性で、テキパキとした人だった.車いすに乗せられ手術室へ.ところがサイボーグ父さんを載せた車いすをエレベーターのところで,珍しくドアの端に軽くぶつけてしまった.手術前の患者の緊張が車いすを押す看護師さんにも伝染したのだろうか.
手術台に横たわると,顔のところに隙間ができるように支柱というか台がおかれ,全身すっぽり包むシートがかぶせられる.ICDを植え込む左胸の部分だけが開いている.目の上に黒い覆いがあるので,MRIの時と同じように患者自身は闇の中にいる気分.ものすごい圧迫感.別段,閉所恐怖症ではないが,手術への不安感から,とにかく目を閉じる.同じ見えないのでも,このほうがましだ.手術室に流れるBGMはクラシック.こういう状態だと気分を落ち着かせる効果があると実感した.周りの状況は音で探るしかない.
「それでは始めます」
医師が左胸にいよいよメスを入れる.今回も部分麻酔.カテーテル・アブレーションの時は右の太ももの付け根から管を入れたので,いわば体に穴をあける部分は,顔からは遠かった.ところが今日は左胸.まさしく目と鼻の先というか直下.しかも心臓の近く.今日も全身麻酔で眠らせてはくれないようだ.この状態が数時間続くかと思うと,それだけでもう.
ちょっと引っ張りますよ
左胸を4〜5cmくらいだと思うが切り開くと,いきなり医師が
「ちょっと引っ張りますよ」
(え,引っ張るってどういうこと?)
医師は切り開いたところから指を突っ込み,ICDを入れる「ポケット」という空間を作るため,上下左右に引っ張り始めた.つまり皮膚の下に強引に隙間を作るということか.それも結構な力で.部分麻酔が効いているので,痛みはないのだが,強い力で体を引っ張られている感じは半端ではなく,面食らう.
「よし」
別の医師の声.どうやら選手交代.力仕事のあとは,心臓に向かう血管に「リード」と呼ばれる電気ショックを伝える線を2本入れることになる.血管を探し出して,1本ずつ中にリードを通す作業になる.
「その右の血管ですね」
さらに別の医師の声.どうやらモニターで心臓と血管,リードの位置関係を確認しながら,リードを入れる血管を探す作業を進めているらしい.リードを入れるには,それなりに太い血管でないといけない.なかなかいいのが見つからないようで,時間がかかる.
「あー,しぼんじゃいましたね」
これと思う血管を見つけて,リードを入れようとすると,血管がしぼんで細くなり,うまく入らなかったようだ.ようやくリードを入れる血管がきまる.血管が決まったところで実際にリードを入れる作業になる.モニターを見ている別の医師に確認をしながらまず心室へのリードを入れて,端を仮止めする.次に心房へのリードを入れ,2本そろったとことで通電のテスト.リードの位置を微妙に調整し,固定する.職人芸の手作業の連続だ.いくら頭が良くても手先の不器用な人にはつとまらない.
サイボーグ父さんに変身
いよいよ先ほどこじ開けた「ポケット」にICDの本体をいれて2本のリードにつなぐ段階に.ところが医師のひとりが
「入り口が少し狭いのでは.この横のが邪魔をしている」またしても面食らう.狭くて入らないってこと? じゃあ入り口をさらに切って広げるのか.その通りだった.医師同士で確認する.
「電気メスでやりますか,はさみですか」
業務用の会話が,目隠し状態で横たわる患者の上で飛び交う.
(頼むから俺を眠らせてくれ!)
と,さすがに口には出さなかったが.結局電気メスで入り口を拡大するために左胸をさらに少し切り裂く.そして今度はICDの本体を押し込む.やはり麻酔が効いているので直接の痛みは感じないが,ものすごく強い力で押されている.いつまで続くのかという不安感と不快感は半端ではない.時間の流れるのがやけに遅く感じる.時々看護師なのか技師なのかわからないが,女性の声で「痛くないですか」「苦しくないですか」と耳元でささやいてくれるのが,ありがたく,ほっとさせられる.
手術の一連のプロセスの中では,たまに痛みを感じる時もあり,それを訴えると医師が麻酔を足す(麻酔注射を打つ)場合もあれば「ちょっと我慢して」と言われることもあった.患者が訴えることの全てにいちいち対応していたらきりがないのだろうが.