サイボーグ父さんの『患者道』
- 第3回
- 2度目のカテーテル・アブレーション
サイボーグ父さん(60代,会社員)です.
患者目線で,現在の高度な医療を体験して感じたことをお伝えしていきます.
主治医は,カテーテル・アブレーションでの効果の検証方法を含めて,今回の対処方針を説明してくれた.
「まず人為的に心室頻発を起こし,その後,カテーテル・アブレーションで病巣を焼きます.手術後は完全に止血するため,カテーテルを入れた太ももの動脈部分を7〜8時間圧迫します」
なぜわざと心室頻拍を起こすのか.これはアブレーションの効果の検証のためだ.まず心臓を刺激し,人為的に心室頻拍を起こして,いったん電気ショックなどで止める.そのあとアブレーションで病巣を焼く.さらにもう一度同じ刺激を心臓に加え,心室頻拍が起きなければ「当たり」で,手術は完全に成功.その病巣に関する不整脈は完治となる.
ところが,人為的な刺激で心室頻拍が起きるかどうかはやってみないとわからない.実は2年前の手術のときは,人為的に心室頻拍を誘発することができなかった.このため頻拍が起きたときの心電図のデータなどをもとに病巣の位置を定め,アブレーションを実施した.
今回は前回の場所の周辺から心室頻拍が起きたので,まったく別の病巣ができたのか,前回のアブレーションの範囲は十分だったのかは,患者にはよくわからない.今の医学の限界なのかもしれない.ただ人為的に心室頻拍を起こせなかったら,効果の検証は不十分.再発に備えた,いわば「命の保険」として「ICD」(植え込み型除細動器)を医師から勧められることになるかもしれない.
「教科書的なやり方」では不発
カテーテル・アブレーションの手術は,始まれば3〜4時間の患者にとっては長丁場.2回目なので,実際の手術がどんなものかは体験済みだ.だがICDの植え込みという「命の保険」への加入を迫られる事態になるのは,なんとか勘弁してほしいのだが,緊張感が増すばかりだ.手術室に入ると喫茶店のようなBGMがかかっていた.手術台が中央にあり,その向こうに2つの大きなモニター画面.いくつもの機械が並び,傍らにそれを操る技師,看護師たち.さっそく声がかかる.
「ちょっと冷たいですよ」
手術台にあがると,背中に文庫本を少し大きくしたくらいのサイズの金属製の板が張り付けられ,コードが伸びる.人為的に誘発する心室頻拍を電気ショックで止めるためのものだ.このほか胸や腹,腕の周りに,心電図の電極,血圧を測る帯や点滴など,手術や治療のためにさまざまなチューブやコードが体に付けられる,いわゆるスパゲッティ症候群.さらに全身にシートがかぶせられる.
カテーテル・アブレーション
足の付け根などの太い血管からカテーテルを挿入し,
心臓内部の不整脈の原因となる部分を高周波電流で焼き切る治療方法.
まずは右太ももの付け根と左肩に部分麻酔.そして右太ももから,細いカテーテルを入れ始め,動脈の中を心臓まで伸ばしてゆく.左肩からも別のカテーテルを挿入する.少し温かい感じのする造影剤を流し込んで,まず心臓の筋肉に血液を送る冠動脈の撮影を行う.
「大丈夫,冠動脈は詰まっても細くなってもいない」という医師の声に,まずは一安心.問題はこれからだ.何をしているのか患者にはわからないが,医師が太ももの付け根あたりで,挿入したカテーテルを微妙に動かしている.部分麻酔をしていても,体にかかる力はいやでも感じる.時折点滴に薬品を投与しているようだが,とくに胸がドキドキしたり,息苦しくなることはなかった.そんなプロセスが小1時間ほど続いただろうか,いつの間にか医師の1人が手術台の傍らに現れ,
「いわゆる教科書的なやり方をいろいろと試したのですが,心室頻拍を誘発できていません.これから別の方法でトライをしてみます」と早口に告げる.
無言でうなずくが,気持ちがどんどん沈んでゆくのは止められない.誘発ができていれば,部分麻酔なので息苦しさを感じたはずだ.結局,前回同様,心室頻拍は誘発できず,病巣とあたりを付けた心室の内壁部分を焼くことに.心臓の中のカテーテルの先端の電極の動きはモニターで確認.「マップを入れて」と医師の声.「マッピング」というらしい.狙いが定まり,いよいよ照射.
「それでは○○アンペア,××Ωで,■■℃で,△△秒お願いします」と医師が声をかける.すると手術室の隅の機械を操作している技師が,カウントダウンを始める.そんな作業を繰り返す.1回の照射では「点」しか焼けないが,それを繰り返し「面」に広げ,病巣全体を焼くのである.全部で10回以上照射した.