看護教員がおくるリレーエッセイ
- 第6回
- 患者さんに教わる人間の強さ
瀬戸 奈津子 Natsuko Seto
関西医科大学看護学部設置準備室 教授
ひた向きな学生の姿を通して学ぶ
この病棟での初めての実習指導で,私は印象に残る学生に出会いました.4年たった今でも,師長さんとの話題にのぼる逸材です.彼女は短い実習期間の中で,受け持ち患者さん本人のみならず,妻からも,緩和ケアチームからも,重要人物として認識されていました.
受け持ち患者のAさんは当初,腹水貯留による腹部膨満感や圧痛が強く,苦痛の発言が多くみられました.緩和ケアチームの介入により,今後について考える時間が増えてくると,「死ぬんかなあ,生きるんかなあ,どう思う?」と学生に意見を求めることがありました.学生は返答に困りながらもAさんの本音を引き出すために,「Aさんは退院したらやりたいことがたくさんあるんですよ,それがパワーになると思います」と答えました.
医師から病状を説明された後,涙を流す妻の様子を見たAさんは,「いつ死ぬかわからん」「これから楽しいはずやったのに」と,学生の前で,強い落胆を示すようになりました.同時に「しょげてたらあかんな」と自分を奮い立たせるような発言もみられました.学生は,死が迫っていると感じながらも,希望を持って治療を続けたいという思いの間で揺れているAさんの状況を受け止めました.そして,「希望を持ち続けて積極的治療をする」ことと,「積極的治療はせずに緩和ケアを導入していく」ことの2つの方針について,Aさんの意思決定を支えようと意識するようになりました.
足浴や腹部マッサージなど,快の刺激を与える看護ケアを積極的に行い,Aさんがリラックスできたり,ゆっくり考えられるよう1人になる時間を配慮したりしながら,思いを表出しやすい環境を作っていきました.ケアをしながら楽しい話ができたり,ときにはAさんの思いの核心に迫るような情報を得られたりしました.
妻は,経理を任されている会社の将来や,別居する息子たちに頼れずに在宅療養に自信がない心情を学生に話してくれました.「この人がいなくなったらどないしようかと思うんですよ」「緩和ケアって気休めなんじゃないですか?」と涙を流しながら話す妻の感情に,学生はどんどん引き込まれていきました.
カンファレンスで,師長さんから,学生が冷静にアセスメントできなくなっている状況を指摘され,学生と一緒に私もハッと我に返りました.それを機に学生は,夫婦の関係についてもアセスメントを進め,夫婦が2人で話せる時間を持てるように意図的にかかわりました.ある日,デイルームでAさんが妻の前で涙を流している場面を見て,Aさんが妻に精神的にも頼ることができたと確信を得るにいたりました.
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患者さんに,家族に,とことん巻き込まれなければ,本当の意味での寄り添う看護にはなり得ないでしょう.その一方で,看護師自身のセルフマネジメントが課題になります.
かつての私は,巻き込まれて収拾がつかなくなるのをどこかでおそれていたのかもしれません.そして今,死を見つめる患者さん,支え支えられる家族から人間の強さを教えられ,ひた向きな学生の姿を通して看護を学んでいます.
(この記事はナーシング・キャンバス2015年9月号に掲載されたものです)