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今知りたい医療・看護のこと

第8回
看護と政策②
「あるある」を集めて不便を改善!

成瀬 昂

成瀬 昂 Takashi Naruse

東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 地域看護学分野 講師

岩本 大希

岩本 大希 Taiki Iwamoto

ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長 看護師・保健師

政策は現場の声から

成瀬 昂

僕が教えている東京大学には,将来看護の政策にかかわる仕事をしたいという学生もいます.でも,どのような政策を作りたいのか,何を変えたいのかと尋ねると出てこないことがあります.

それではダメなんです! 「政策を作る」ということをかっこいいと思ってもらえるのは嬉しいですが,実際はもっと,身近なことを改善したいということから始まるんです.

岩本 大希

僕も,学生時代,初めに政策に興味をもったときは,「政策を作る」までのいろんな過程の後半の部分をみていました.

でも今は目の前のことに興味をもっています.

成瀬 昂

前回お話ししたように,これからは,自治体レベルでも医療・介護に関する決まりごとや制度が作られていく時代です.そこでは,なにより住んでいる人の暮らしや文化を理解することが大切です.

小さな居酒屋や公園,スーパーなんかで地元の人の話を聞くと,「あの病院に行って,あの先生に診てもらえるようにするのが親孝行なんだ」とか「あの病院に行った帰りにあの商業施設に寄るのがみんなの楽しみなんだ」とか,その地域の人しか知らない文化がみえてきます.

在宅療養がなかなか普及しない理由として,在宅医療・介護にかかわる人員不足や家族の負担ばかりが一般論として取りざたされますが,それぞれの地域にそれぞれの特異的な事情がある場合もあるのです.

とある自治体では,訪問看護のことがよくわからず,使い始めをためらってしまう人がとても多いという事情がありました.そこで,自治体が体験的な利用の費用を負担する「お試し訪問看護」というシステムを独自に作ったところ,訪問看護の利用を伸ばすことに成功したそうです.各地域の細かい事情を汲んで,低コストで在宅療養の普及をスムーズにするような,そんな取り組みがすでにいくつか実現しています.

岩本 大希 こうした事情って,地元の訪問看護師にとっての,「あるある」なんですよね.「どうしてこんな状況になっているのかな.どうしてこの訪問看護に介護保険が使えないのかな?」なんてことを,訪問看護師同士ではよく話しています.
成瀬 昂そうした地域の看護師の視点が大事になんですよ.
岩本 大希 細かなニーズは地域の中でしか見つからないし,土地ごとに違うかもしれません.だから,そこに住んでいる人たちのために使うお金は,国や都道府県以上に,その市町村単位で考えるのが望ましいということなんですね.
  

「あるある」をまとめる 

岩本 大希

最近,政策決定のプロセスに似ている小さな成功体験がありました.

僕が今通っている大学院の校舎のうちの1つに,学生が頻繁に利用するにもかかわらずコピー機がなく,学生も教員も不便に感じている場所がありました.

そうした中,たまたま僕は学内設備の委員に割り当てられたので,コピー機の必要性についてアンケートを作って,学部生などにもまわしてもらい意見を集めました.何%の人が困っているのか,困った具体的事例,週に何時間その校舎を使用しているか,などの結果をまとめて,コピー機がないことで学習環境への時間的影響が大きいという結果を学校に提出したところ,すぐ1か月後にはコピー機が2台導入されました.

岩本 大希

それまでコピー機が置かれなかったのは,お金の問題というより,管理する側が必要性を具体的に把握できていなく,導入メリットがわからなかったためのようです. 

だから,簡単でもいいから,ニーズについては具体的に把握して事実をベースに伝えることが大切なんです.

市町村も同じように,住民が政策を決める人に意見を言える距離にあっても,政策を決める人は,住民たちのニーズを知らなかったりします.だから,住民の声が届くようにするだけで変わることがあります.

僕たちは看護師というプロフェッショナルであり,医療・看護というインフラを担う立場として,それを受ける人たちが困っていることをまとめて発信をする責任があります.やはり声は伝えなければならないですね.

  

現状は自分たちで変えられる

成瀬 昂

もしまとめることができなかったとしても,それならたとえば大学の先生とか,誰かに伝えるだけでもいいんです.

また,地域の保健師は住民や看護師の「あるある」からニーズを引き出し,優先順位をつけて事業化していくことが仕事です.地元の保健師さんと話す機会があったら,ぜひ積極的に不便なことを伝えてみてほしいです.

あと,看護師ができることとしては,たとえばときどき看護師同士で集まる会を開いて困っていることなどを話し合って地域でまとめていくことがあります.単に飲み会で愚痴を言い合うだけでもいいんです.ただ,その中で,意識してみんなの声をためておこうとすることが大切です.それを回数を重ねたり,ネットに意見をまとめてアップしたりしていくうちに,保健師や行政の目にとまり,視察に来るかもしれません.そして,意見を求められたときに言えるようになるといいですね.

岩本 大希

ためていった声を,必要なときに意見として出せるようにしておくというのは,政策決定のいちばん大事なところです.

そうして地域で施策として成功すれば,ほかの地域のお手本となってより広まることもあります.

医療や看護のしくみは,上から決められるものというより,現場から変えていくことができるものなんです.そう考えると現場の見方が変わります.気になったことをそのままにしないことがカギになります!

成瀬 昂

はい,変えられる「あるある」を見つけるのは楽しいですよ.意思決定に少しでも参入してみてください.

世の中は可能性に満ちているという見方で,明るい気持ちで仕事をしてほしいですね!