サイボーグ父さんの『患者道』
- 第4回
- 患者の不安とセカンド・オピニオン
サイボーグ父さん(60代,会社員)です.
患者目線で,現在の高度な医療を体験して感じたことをお伝えしていきます.
カテーテル・アブレーションの翌日に,家族も呼んで主治医から説明があった.「ICDを入れることを奨める」という結論も論理的には十分理解できるものだった.命の危険もさることながら,その手前で「植物状態」になるのは,むしろ死ぬより悪い.家族に先の見えない長期間の負担を強いることになる.しかしICDを入れれば,障害者1級になり,スマホは常にICDから15センチ離して,自動車の運転は最低6か月間できなくなる.自分が障害者になるなどというのは,まったく想定外で,どういうことなのかピンとこない.ICDは再発しなければ全く無用の長物だ.入れざるを得ないとは思いつつ,最後のところ腹が固まらない.「命の保険」と言われても,すぐに「それでは入れましょう」と決断できるものではない.
セカンド・オピニオンを聞くと主治医の機嫌を損ねない?
そこで別の病院の医師にセカンド・オピニオンを聞いてみようと思った.しかしセカンド・オピニオンを聞くと主治医が機嫌を損ねるのではないか? 医師にすれば自分の診断に患者が疑義を呈するようなものなので,いい気持ちはしないのではないか.そこで,こうしたことに詳しい会社の同期にメールで意見を求めたところ「今の時代,セカンド・オピニオンを聞くことに躊躇はまったく無用.お前が入院している病院ならそのあたりのことは十分理解しているはずだ」との心強い説明.確かにネットを検索すると,サイボーグ父さんが入院している病院にも「セカンド・オピニオン外来」なるものがあった.セカンド・オピニオンを聞くことは結構一般的になっているようだ.
何食わぬ顔で,顔なじみの看護師さんにセカンド・オピニオンのことを相談すると,「ご本人の納得が一番大事ですよ」との一言.これには救われた.勇気?を得て,今度は医師の一人に聞いてみたが,こちらも「(患者自身が気持ちを)クリアカットにしておいたほうが良いでしょう」と背中を押してくれた.
セカンド・オピニオンに必要なのは「現在受診されている主治医からの診療情報提供書(紹介状)と画像データ,検査データ等」.面白いというかなるほどと思ったのは,
「治療結果の評価,医療費用の内容,医療給付に関わること,医療訴訟の問題,死亡した患者さまを対象とする場合などは相談の範囲外となりますのでご了承ください.なお,治療は行いません.あくまでも相談のみとなります」
―――というある病院の但し書き.内容を限定しないと,別の医者への不満や批判の材料提供を求められてはかなわないということだろう.このほか「セカンド・オピニオンの結果は主治医にお伝えします」とか「転院を前提とするセカンド・オピニオンには応じられません」といった医者や病院同士の紳士協定というか,患者の引き抜き?を防ぐための業界ルールのようなものが垣間見える.
患者の安心・家族の安心
実際別の病院でのセカンド・オピニオンを聞いたが,内容は悲しいほど明快だった.
「不整脈を治す薬はありません.『抗不整脈薬』というのはありますが,症状を抑える薬で効果は限定的.効く場合もあれば,効かないことも珍しくありません.しかも必ず副作用があり,場合によっては別の不整脈を誘発するケースもあります.薬で不整脈を抑えるのは難しいのが実情です」
やはり薬では無理と言う話.さらに
「心室頻拍は不整脈の中でも死に至る恐れのある悪性不整脈の『大関』です.『横綱』は心臓が痙攣したような状態になり,血液を送り出すポンプの役割がほとんど果たせなくなる『心室細動』ですが,心室頻拍から心室細動に至ることがあります.しかも発症したときの脈拍数はあなたの場合は180〜200回と,このタイプでもたちが悪いものです.安全を確保するための保障が必要で,通常はICDを入れたほうが良いという判断になります」
すると同席したサイボーグ父さんの妻が
「ICDを入れることに対して,本人でなく家族が気をつけることは何かありますか」 と尋ねた.医師は 「ご本人が注意することが中心で,それ以外に家族が注意することはとくにありません.むしろ入れない場合は,ご家族にはいろいろな面でご配慮いただく必要がありますが」
結局ここでも「命の保険」の勧誘を受けた.保険はよく「安心を買う」という言い方をするが,それは本人だけでなく,家族の「安心」でもある.機械を体に入れ,障害者の認定を受けるという代償を払うことで,「突然死」におびえることなく暮らすことができるということのようだ.